水素エンジン自動車のしくみ
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COP27(第27回気候変動枠組条約締約国会議)以降、主要市場で2035年、世界全体で2040年までに新車の二酸化炭素の排出量実質ゼロ(カーボンニュートラル)を達成するため、走行時に排出ガスを出さない「ゼロエミッション車」の開発が急ピッチで進んでいます。その代表が電気自動車ですが、世界的に普及が進むと同時に様々な問題も発生するようになりました。そこで、別の選択肢として「水素」が注目されています。このページでは、電気自動車の問題点と水素エンジン車の現状を調べてみました。
電気自動車の問題点
現在の状況
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充電設備・発電設備不足
2022年のBEV(バッテリーEV)の新車販売比率は中国で19%、欧州で11%(PHEVを含めると20.3%)となっており、2023年もBEVの比率は増加しています。 それに対して充電ステーションのカバー率は中国・欧州 共に30%程度で都市部に集中しており、郊外では圧倒的に不足している状況です。各国とも急速に充電ステーションを増やしているが、古い充電ステーションの保守などにも費用が必要でEVの増加に追いつけない状態になっています。また、EVの増加に合わせて発電設備も増やす必要があるがこちらも簡単には増やせない状況でロシアのウクライナ侵攻と重なって電気代高騰などの問題が起こっています。
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充電時間と航続距離
ガソリン自動車なら3分程度で満タンにできるが、EVの満充電にはかなりの時間がかかります。搭載しているバッテリーの容量によって変わりますが、3kW普通充電(0%→100%)で20時間~35時間、50kW急速充電(0%→80%)で30分~1.8時間必要です。ただし、寒冷地での充電は上記より大幅に時間が必要です。トラックなどの商用車は、さらに大きなバッテリーが必要になり充電時間も長くなるのでほとんど普及していない状況です。航続距離は、乗用車ではカタログ値で200km~500km程度が一般的ですが、高速走行やエアコン使用で大幅に低下してしまいます。
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EVは以外とCO2を排出している
EVの普及により電気の消費量が増加するが、風力、太陽光といった再生可能エネルギーで発電された電力だけでは不足してしまいます。石油・石炭での発電を増やすとCO2の削減率が低下します。また、EV用で主流のリチウムイオンバッテリーは生産の段階で大量のCO2を排出しています。 生産工程の見直しなどで排出量削減の研究をすすめていますが、実質ゼロまではまだまだ時間とコストが必要です。
BEV以外のゼロエミッション
BEVの苦手を克服する水素エンジン
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「燃料電池」と「水素エンジン」
現在、水素を燃料とする自動車は「燃料電池車」と「水素エンジン車」の2種類あります。
トヨタの「MIRAI」などで採用されている燃料電池車は、水素と空気中の酸素を燃料電池で化学反応させて発電し、その電気でモーターを回して走行します。「水素エンジン車」は、ガソリンエンジンと同様に、水素を燃焼させて、その圧力でエンジンを回して走行します。 どちらの方法も外部から注入された水素をタンクに保存する方法で、充填時間はガソリンの給油と同程度の時間で終了します。 -
燃料電池車
燃料電池自動車(Fuel Cell Vehicle,以下「FCV」)は、燃料電池で水素と空気中の酸素を化学反応させて電気を作り、その電気でモーターを回して走行する自動車です。中学校で習った、水の電気分解の逆の手順と考えると解りやすいです。走行時に排出するのは水だけで、二酸化炭素(CO2)や窒素酸化物(NOx)、浮遊粒子状物質(PM)など大気汚染物質を一切排出しない方式です。 トヨタ自動車の「MIRAI」、本田技研工業の「CLARITY FUEL CELL」などが市販されています。1回の水素充填で走行できる距離は約650~750km(カタログ値)です。 燃料電池には白金が使われており、製造コストが高いために車両価格自体が高くなってしまいます。
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水素エンジン車
「水素エンジン車」は、ガソリンエンジンとほぼ同様の構造で、ガソリンの替わりに水素を燃焼させて、その圧力でエンジンを回して走行します。FCVと同様に二酸化炭素(CO2)は発生しないが、窒素酸化物(NOx)は発生してしまいます。NOxはSCR触媒やEGR・燃料直噴の緻密な制御で低減可能で開発が進められています。水素エンジンはFCVと比較するとエネルギー効率は低いため1回の水素充填で走行できる距離は短くなるので、従来の気体での充填からより大量の充填ができる車載用液体水素システムが開発されています。生産工程が現在のサプライチェーンをほぼそのまま使用できるため、社会的な安定性もメリットの一つになります。
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トラックの水素エンジン
大型トラックは、大量の荷物を積載して長距離を走行することが求められます。BEVでは大きなバッテリーが必要になり積載スペースが減少してしまいます、さらに充電も長時間必要になるので現在の技術では実用化は困難です。 そこで注目されているのが水素エンジンです。
現在、主流のディーゼルエンジンの基本的な技術や生産設備は、そのまま使用できるのでスピーディーかつ低コストで転換が可能。実証実験では、従来のディーゼルエンジンと同等のパワーを発生しているので問題ありません。高圧タンクや液体水素システムを使用できれば航続距離も充分なので、近い時期に実用化可能になると思われます。ただし、完全な「ゼロエミッション」ではないので、BEVやFCVの技術が確立するまでのつなぎ的な技術として実用化されそうです。
水素の価格とインフラ整備
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水素エンジン車が普及するには、水素の価格と水素ステーションの整備も重要です。
少し古いデータですが、2022年で水素の販売価格は1200円/kg程度になっています。燃費で考えるとガソリンエンジン車とほぼ同等、ハイブリッド車より割高と考えられます。ただし、ガソリンには多くの税金が含まれているので実際はかなり高価な燃料になっています。製造技術・運搬技術など研究が重ねられており、経済産業省は2030年に価格を1/3程度にする計画になっています。
もう一つの課題が水素ステーションの整備ですが、2023年1月の時点で4大都市圏を中心に163箇所で運用されています。 これは、EV充電スポットが約21000箇所(2022年3月データ)・ガソリンスタンドが約28000箇所(2021年末データ)と比較すると設置数違いが明らかです。水素ステーションの建設に4億円程度必要(補助金を使っても事業者は15000万円程度必要)になるため、全国に普及するには時間がかかりそうです。